あの日から…7年🌼

今日は3月11日

東日本大震災から、もうと言ったらいいのか、まだと言ったらいいのか感じ方は

人それぞれかも知れませんが、あの日からちょうど今日で7年が経ちました。

私は東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅のホームに停車中に震災に遭いました🚇

地下でも、とても大きなそして長い時間の揺れでした。

すぐには入ってこない情報、つながらない携帯電話、運転見合わせになってしまった電車

「地下は安全ですから外には出ないように…」とのアナウンスを何回聞いたことでしょうか?

時間はあっと言う間に経過し、メトロの乗客は我慢しきれずに皆外へと出始めました。

そこで私が眼にしたのは、家路へと歩いて急ぐ帰宅難民者の列😱

そして今まで見たことのないような異様な空の色でした。

すぐにこの地震が自分が今迄に経験したことのないほどの規模のものだと察知しました。

築地スタジオのクラスを休講にするという連絡網が全員に回ったことを確認したのち

自らの帰宅方法を模索しましたが、電車は運転再開の目途はたたず

ビジネスホテルはどこも満室、コンビニには食料・飲み物は品薄

日が暮れて気温が下がるなか、川口まで自分の足で歩いて帰ろうと決心しました。

今となってはどのくらい時間がかかったのか、記憶にはありませんが

線路の近くをずっと歩き、赤羽駅に近くになった頃から右足が痛み始め

歩いては休み歩いては休みを繰り返しながら

、足を引きずって荒川大橋を渡り何とか自宅に帰りつきました🏡

日が暮れて外は真っ暗、足の痛みに涙が出そうになりながら出せる力を振り絞っての帰宅。

帰宅してテレビで震災の津波の被害の大きさを目の当たりにし驚愕したのを覚えています😱

その次の日から頻発する余震、原発事故、そして計画停電や物資や食料品の不足など…

たくさんの問題に直面しました😨

もちろんスタジオのクラスはしばらく閉講

外に出かけてもどこも暗くて先行きが見えないような日々が続きました。

ちょうどあの頃は橘バレエ学校仙台教室の教師をしていたので月に1回は仙台に通っていました。

幸いにも生徒さん達とそのご家族は無事でしたが、

津波で家が流されてしまったいう生徒さんはいました😢

東日本大震災後、ゴールデンウィークに毎年おこなっていた仙台教室の発表会はもちろん中止

震災からどのくらい経ってからだったかもう覚えていませんが、震災後に新幹線に乗り仙台に行き

ホームに降り立った時に感じたあの空気とあの感情は今迄感じたことの無かったものでした。

毎年3月11日になると薄れてゆく記憶の中でも、やはり忘れてはいけない記憶だと思うのです。

まだまだ復興には時間がかかります。

3月11日の東日本大震災を忘れることなく、そこから学ぶべきことを学び

1日でも早く被災地の方々に笑顔が戻りますことを心から願っています✊